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写真の整理 石見銀山編⑥

こんにちは、風変りな電気屋 です。

現地ガイドさんと歩く世界遺産石見銀山ツアー


最終回

続 大森の町並み

タイムスリップした雰囲気に


大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区保存計画より

屋 根:石州瓦
外 壁:白漆喰、土壁仕上げ又はこれらに類するもの
建 具:木製、カラーサッシ(黒褐色系)又はこれらに類するもの
 庇 :瓦葺(石州瓦)、板葺とする。
軒先等:雨樋の色は屋根又は建具の色に準ずる。
 塀 :白漆喰、土壁仕上げ又は漆喰塗りの瓦葺土
    塀、あるいは板塀もしくはこれに類するもの


昔ながらの木製の大戸口(おおとぐち)・摺り上げ戸(すりあげと)

IMGP4612.jpg

左側:大戸口(おおとぐち)
出入口の戸で、通常は吊り上げられています。
夜間は戸を閉めて、大戸に設けられている
くぐり戸から出入りします。

右側:摺り上げ戸(すりあげと)
柱に切った溝に板戸を落とし込んで使用する、
表構えの建具。
摺り上げると前面が大きく開くため、
建具を開け放して商売をする様子がうかがえます。
明治初年以降、町家の表構えは摺り上げ戸から
格子へ替わりました。

軒先に並ぶ 鉄のアート 暖炉?

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昔ながらの木製の大戸口(おおとぐち)・摺り上げ戸(すりあげと)・縁側

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栄泉寺(えいせんじ)

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井戸平左衛門がこの寺でさつま芋のことを
旅の僧侶から聞いたといわれる曹洞宗の寺院。
慶長年間(1596年)の創建で、文化4年(1807年)に
再建されたと言われています。

石塀・土塀

        IMGP4616.jpg

旧大森区裁判所

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大森区裁判所は、明治23年(1890年)に開所し、
昭和20年代初めまで機能していました。
建物は当時の大森町民が建築に要する資材、
土地などを提供して建てられのだそうです。
擬洋風で当時の姿を良く残しています。
大森町が明治に入ってからも地方行政・司法の
中心的役割を果たしていたそうです。
現在は、銀山や町並みの歴史と暮らしを映像で
紹介したり、町並みの保存修理資料を展示する
『大森町並み交流センター』となっています

石見銀山大森郵便局

IMGP4618.jpg

日本で一番長い名前の郵便局となっています。
平成7年に建てられ、大森の町並みにとけ込むよう、
町屋風のデザインとなっています。

郷原医院

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大森の町並みにひっそり佇む、医院。
その外観とは裏腹に、
実はまだ現役稼動中の病院なのです。

たばこ店

        IMGP4621.jpg

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もう!営業はしてません。(残念!)
良い仕事してますね。

大森の町並み最後の店舗 銀の店

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大森代官所跡にある案内版

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大田市大森町は石見銀山領の中心となった地です。

代官所跡や古寺・古社など歴史的な建物だけでなく、
街の景観に合わせたレトロな郵便局や銀行、
自動販売機などにも注目!

町並に林立していた電柱と、
空を覆う電線がありません。

大森の人々の生活は、
銀鉱山の間歩に使用していたサザエの殻に
油を注いだ「カンテラ」
あるいは「ロウソク」の灯火で…。

いやいや、電線は路面下の地中に埋設され、
町並の景観がグ~ンと好くなり、
超近代的な町に変貌してます。

まるで
江戸時代にタイムスリップしたような町です。

地元の人の手により、
当時の面影をそのままに残しています。


大変な景観造りです。

ここまでの景観造りに脱帽です。

当地も少しは、見習いたいですね。



石見銀山編は終了です。


長い間、お付き合いいただき

ありがとうございました。




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2012-11-17 Sat 23:59
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写真の整理 石見銀山編⑤

こんにちは、風変りな電気屋 です。

現地ガイドさんと歩く世界遺産石見銀山ツアー


大森の町並み

タイムスリップした雰囲気に


大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区保存計画より

屋 根:石州瓦
外 壁:白漆喰、土壁仕上げ又はこれらに類するもの
建 具:木製、カラーサッシ(黒褐色系)又はこれ
    らに類するもの
 庇 :瓦葺(石州瓦)、板葺とする。
軒先等:雨樋の色は屋根又は建具の色に準ずる。
 塀 :白漆喰、土壁仕上げ又は漆喰塗りの瓦葺土
    塀、あるいは板塀もしくはこれに類するもの


木製の案内版

        IMGP4604.jpg

山崎さん家の郵便ポスト

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たまる屋さんの自動販売機

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自動販売機のアップ

        IMGP4606.jpg

たまる屋さんの2階エアコン室外機の目隠し

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郵便ポストと防災用水の大瓶

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昔ながらの木製の格子戸に縁側

        IMGP4610.jpg

庇は板葺

IMGP4611.jpg



大変な景観造りです。

ここまでの景観造りに脱帽です。

少しは、見習いたいですね。



後日につづく

明日も(大森の町並み)

石見銀山編の最終回




2012-11-16 Fri 23:59
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写真の整理 石見銀山編④

こんにちは、風変りな電気屋 です。

現地ガイドさんと歩く世界遺産石見銀山ツアー


龍源寺間歩 (りゅうげんじまぶ) 間歩内

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        IMGP4593.jpg

職業柄の写真
最小限の照明で雰囲気があります。
見せたい部分には、
LEDスポットライトの使用。
勉強になりました。


石見銀山絵巻

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IMGP4602.jpg

職業柄の写真
蛍光灯のバックライトで
絵巻図・説明文を浮かび上がらせます。
勉強になりました。


石見銀山の鉱床断面図

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間歩出口の
タイルに焼かれた断面図
大変な手間がかけられています。
これなら、傷みませんね。



後日につづく

明日は(大森の町並み)




2012-11-15 Thu 23:59
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写真の整理 石見銀山編③

こんにちは、風変りな電気屋 です。

現地ガイドさんと歩く世界遺産石見銀山ツアー


銀山川

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昔ながらの綺麗な川です。
まだ、色々な生物が生息しているのでは
蛍とか・・・


銀山遊歩道沿いある店舗の電力積算メーター

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職業柄の写真
勉強になりました。


龍源寺間歩 (りゅうげんじまぶ)

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現在唯一公開されている間歩で、通り抜けができます。

龍源寺間歩は、御直山(おじきやま)五ヶ山のひとつ、
江戸時代の中頃に開発された代官所直営の坑道で、
大久保間歩に次いで長く、約600mあります。
そのうち一般に公開されているのは273mで、
坑道の壁面 には当時のノミの跡がそのまま残っています。



後日につづく





2012-11-14 Wed 23:59
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写真の整理 石見銀山編②
こんにちは、風変りな電気屋 です。


現地ガイドさんと歩く世界遺産石見銀山ツアー


下河原吹屋跡 (しもがわらふきやあと)

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発掘調査によって初めて発見された17世紀初頭
(江戸時代初め)の銀精錬遺跡。
ここでは、鉛を利用した「灰吹」法と呼ばれる
精錬法で銀を取り出していました。


銀鉱石を砕いた要石(かなめいし)

IMGP4568.jpg

鏈拵(くさりこしらえ)銀鉱石を「要石(かなめいし)」の
上に載せてかなづちで砕く。
その後、水の中でゆすりながらより分ける。


銀山遊歩道沿いある住宅の外灯と電力積算メーター

        IMGP4570.jpg

職業柄の写真
勉強になりました。

大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区保存計画より
電柱、看板等の整備
電柱、架線等は、伝統的景観を阻害しないよう
地下埋設や移設を図る。
看板等については、規模、材質、設置場所等に関して
指導、助言を行い、伝統的景観の保全に努める。
街路灯に関しては伝統的景観と調和する形式とする。


清水谷製錬所跡 (しみずだにせいれんしょあと)

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明治26年から建設され、わずか1年半あまりで閉鎖された
明治の先端技術による製錬所の遺跡。


上市場 (うえいちば)

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銀を納める御文庫などを中心に形成され、
「上市場」「千京」「魚店」などの地名に
示される商業も盛ん。
「士稼の人数二十万人」とか
「家数二万六千軒余、寺百箇寺」と
相当規模の町が形成されたことが推定できます。


清水寺 (せいすいじ)

IMGP4582.jpg

元々仙山(せんのやま)頂上付近の石銀(いしがね)に、
天池寺と言う名で建てられていたそうです。
それが平安時代に清水谷に移され改名して
清水寺となり、幕末に仙山中腹に移転したそうです。
この時代石見銀山に関係した毛利輝元や大久保長安が
崇敬したそうです。
その後明治11年(1878)に現在の地に移されました。
このお寺には、徳川家康公から頂いた
「辻ヶ花染丁字文胴服」を所有され、
これは国の重要文化財に指定されています。



後日につづく




2012-11-13 Tue 23:59
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